コーチ&スタッフ


重田 健一  ヘッドコーチ KENICHI SHIGETA

 

「テニスの楽しさを世界中の人に伝えたい!」

生徒様にはテニスを通じて、「上達する喜び・テニスの楽しさ・自己成長」を感じていただけたら嬉しいです。

 

 

資格

神奈川県テニス協会公認指導員

普通救命講習修了

 

戦績

フューチャーズ(国際大会)出場

一般JOP大会優勝

平塚市中村杯優勝、伊勢原市、厚木市、大和市、綾瀬市、寒川町、海老名市、熱海市、裾野市、沼津市、鶴見区優勝。

横浜市民ダブルスベスト8

 

 

経歴

 

[小学生時代]

私がテニスを始めたっきかけは、小学校の近くにたまたまテニスコートがありそこで始めたのがきっかけです。ボールを打つのが楽しくて、ふざけてフェンスを越えては田んぼにとりに行ったりして遊びながらやっていました。 

[中学生時代]

中学校にあがってテニス部に入り、テニスの楽しさを知りました。本当にテニスが好きで、早朝や夕方でボールが見えなくなっても練習しているような中学生でした。ラケットと一緒にお風呂に入るなどテニスが好きで好きでしょうがなかったです。このころ将来テニスのプロになりたいと思うようになり始めました。しかし、現実は厳しく部活で一番練習しても6番手が最高で、なかなか上手くなりませんでした。

[15歳から~]

どうしてもプロになりたくて、両親にお願いして勉強のお金はテニスに全てまわしてもらい毎日強いテニスクラブのスクールに通うものの、何度も何度も選抜試験を受けても目指しているアカデミークラス(選手育成コース)には入れず、最後の最後のテストでようやく条件付きで入会許可をいただき、レベルについていけなかったら辞めさせるという条件付きで合格をいただきました。アカデミーでは毎日練習し、自主的に駅からスクールまで走ったり毎日壁打ちや素振り等していましたが、小学生や中学生に負けてしまったり、試合でもほとんど勝てずに一度も優勝もなく10代は終わりました。そんな中、唯一褒められたのはコーチからやる気だけは認めると言われたことくらいです。

18歳のときにテニスアカデミーの支配人から、プロや世界に行くことは99パーセント無理、将来性がないからテニス以外の道を目指したほうがいいと諭され、アカデミーを去ることになりました。

[19歳~現在]

1年間テニスは辞めて、今度は楽しくやろうと(今までは楽しさよりも強くなることだけ)楽しんでやってみたら急に上達しました。いままで打てなかったボールが打てるようになり、どんどん強くなりました。小さな大会でも決勝までいけるようになり、そして続けていたら優勝できるようになりました。

色んな市民大会レベルでも優勝できるようになり、神奈川県の300人規模の大会でも優勝できるようになりました。ただその優勝の過程にはたくさんの負けがあります。ずっと勝てずにいたという過程があります。

どんなに負けても、逃げずにあきらめずに挑戦して目標を達成する。そんなことを繰り返してきた気がします。国際大会へのワイルドカード獲得の大会も、完膚なきまでに力の差を見せつけられて数年に渡り何度も1回戦負けを繰り返していましたが、今までの経験からできると信じることを止めないで挑戦し続け夢だった国際大会への切符を掴みました。18歳のときに諦めるように諭されていたのを15年以上経って掴めるとはなんとも言えない気分でした。テニスで悔し泣きはたくさんありますが、うれし泣きはこの時が初めてでした。このときから心の底から頑張れば必ずできると信じられるようになりました。それはコーチをしているときも同様で、どんな人でも絶対に上達できると心の底から信じて思えるようになり、レッスンでは生徒様の上達を信じてレッスンしています。